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夏は短し励めよ青年


ひかり指名ありがとう!

「チャリ島」こと、「スケ島」こと、立命館大学体育会ウィンドサーフィン同好会三回生の西島淳太です。「スケ平」ではありません。

ひかりのブログ良かったですねえ。同期愛を感じました。

例の会も是非ともやりましょう。

ところで、自己紹介ブログすら書くことなく、3回生になって今までブログが回ってこなかったので、「このまま逃げ切ってラストの引退ブログまでいける説あるな」と本気で思っていました。……甘かったですね。逃げられませんでした。

前回のひかりのブログでハードルを上げられつつ紹介してもらいましたが、指名してくれて素直に嬉しかったです。

周りからはただただ、変なことするのが好きなチャリバカ(あながち間違いではない)だと思われているかもしれませんが、今回はせっかく指名してもらったので、僕の「頭の中」をちょっぴり真面目に書いてみようと思います。

指名してくれた期待に応えられるか分かりませんが、僕なりに熱量を込めて書いていきます!

また、自己分析もかねて、今回は過去最長を目指して超スーパーロングで書きます。どれだけ長くなっても邪魔にならないのがデジタルの魅力ですからね。目次を記載するので興味のあるところだけでも時間のある時に読んでみてください。


(目次)


1.西島淳太の行動原理

Aセーリングをやめない理由

B自転車をする理由

C言い訳をしないウィンドサーフィン

2.仲間

A仲間とは

B尊敬する人

C仲間に求めること


3.終わりに



1. 西島淳太の行動原理

まずは僕の行動原理について書いていきたいと思います。

最近就活を始めて、自己分析で過去を振り返りながら削り出した内容です。自己理解してからまだ日が浅いので荒削りだとは想いますが、今の僕の解像度で書いてみます。僕がどんな指標で物事を選択し、行動しているのかは、これを読んでもらえれば簡単に理解してもらえるはずです。

ただし、僕の「根っこ」に関する部分なので、このブログの中で一番硬い文章になります(笑)。ライトに読みたい方は、次の章(仲間)から読んでいただけると良いかもしれません。


僕の行動原理は、大きく分けて2つあります。

(a)物事に自分が「誇り」を持って取り組むことができるか

(b)「唯一性」を実感することができるか

僕の全ての選択や行動は、この2つに帰着します。


まず(a)の「誇り」について

これを語るには、僕の原点にある「驕り(おごり)」の話を避けて通れません。

ここで言う「驕り」とは、過信に甘え、自分の弱さや失敗から目を背けて他人のせいにする心。 そして「誇り」とは、「自分の選択と努力に覚悟を持ち、どんな結果も人のせいにせず、やり抜く心」だと、僕は定義しています。

今の僕が「誇り」に固執する理由は、小・中学校時代にこの「驕り」によって人生最大の大火傷を負ったからです。

僕は小学校高学年から中学1年の夏頃まで、自分自身のことを「世界の中心」だと微塵も疑うことなく本気で思っていました。

ベビーから習っていた水泳では無敵。6歳から始めたボルダリングでも大人たちにできない登り方をしてちやほやされ、勉強も中学受験のおかげで学校のテストは毎回100点。最終的に第一志望だった同志社香里よりも偏差値の高かった立命館に合格し、本気で悔しいと感じるような失敗を経験したことがない、成功体験しかない自称最強の小学生でした。仮に失敗したとしても周りのせいにできる環境があり、僕の「驕り」は崩しようがないほど強固なものになっていました。

しかし、それはあくまで「小学校」という井の中にいたからに過ぎませんでした。中学に上がり、この驕りはズタズタのボロボロに破壊されることになります。

ベビーから始めて無敵だと思っていた水泳は、中学から始めた初心者にあっさりと抜かれ、勉強も中学からの英語に全くついていけず、全体の成績もガタ落ち。

こんなにダメダメな自分になったのに、当時の僕は自分を保つために「人を見下して逃避する」という方法しか知りませんでした。小学校の頃なら、見下すような態度をとっても圧倒的なスペックがあったので何でも正当化できていました。しかし、中学生になり無力化されたにもかかわらず、僕は虚勢を張り続け、周りを見下して自分を保とうとしました。

そんな人間に付き合ってくれる人がいるはずもなく、当然のように人は離れていき、僕はぼっちになりました。

水泳部ではそれが特に顕著でした。中学から始めた子たちを見下し、抜かれ、それでも努力して巻き返すわけでもなく嫌味だけを言う。練習からは逃げ回り、最終的に中学2年で部活をやめることになりました。この出来事が、僕にとって呪いのようにまとわりつく最悪の経験でした。

今冷静に振り返れば100%自己責任なのですが、当時の僕は部活をやめるとき、母のせいにしました。恩を仇で返すとはまさにこのことです。「僕は水泳なんてやりたくなかった。ベビーからやってたのはやらされていただけで、自分のやりたいことをやりたい」なんて頓珍漢なことを言っていたのを覚えています。

未熟ゆえに他責にしていましたが、当時の僕も本質(自分が逃げたこと)には気づいていたと思います。このちぐはぐな自分への苛立ちのせいで自己肯定感は地の底になり、数々の黒歴史を生むことになりました(笑)。

この「途中で投げ出し、他人のせいにして逃げた」という最悪の挫折経験があるからこそ、僕にとって「誇り」は絶対の存在になりました。

次に(b)の「唯一性」について。

これに関しては、過去の自分が自己肯定感を大きく取り戻した経験すべてに共通している要素です。

その最たる例が、ボルダリングでした。僕にとってボルダリングは単なるスポーツを超えて、精神を安定させる薬と言ってもいいくらい、不安定だった中学生時代の大きな支えでした。

ボルダリングというのは、究極の個人競技です。誰一人として同じ登り方は存在しません。自分の体格や骨格、柔軟性に合わせて、無数にある可能性の中から自分だけにぴったりな「登り方」を見つけ出す競技だからです。

僕はここに強烈に惹かれました。

水泳や勉強で挫折し、何もかもが崩れ去っていた中学時代でしたが、ボルダリングをしている時だけは確かに自分の中に「誇り」を取り戻すことができました。

自分にしかできない登り方で壁に挑み、もし途中で落ちたとしても、他責なんて一切通用しない世界。

「誰の真似でもない、自分だけの登り方で到達する」という体験こそが、僕に「唯一性」の実感を与えてくれました。

僕にとって「誇り」とは、自分の選択から逃げないための覚悟であり、「唯一性」とは、誰の真似でもない自分だけの価値を証明することです。

誇り(責任)があるからこそ自分だけの道(唯一性)を追求できるし、唯一性を実感できるからこそ自分の選択に自信(誇り)を持てる。そんな相互作用のある関係だと思っています。


A僕がセーリングをやめない理由

最初に述べておきましょう。僕はコースレースのセーリング自体に殆ど面白みを感じていません。

なぜなら、セーリングは準備から面倒だし、お金がかかるし、大して速くもない(チャリ比較)からです。そして何より、セーリングの「他責にしやすい競技特性」がめちゃくちゃ嫌いです。たとえズボったとしても「スタートの時突っ込まれた」とか、「アホな奴に回航で潰された」とか。ほかにも、自然のせいにすることはとっても容易いです。

こんな競技なんでやっているんだろうと、常々思っています。

それでも僕がセーリングを続けるのは、自分の「誇り」を保つためです。

過去に水泳を最低な理由をつけてやめた、あの頃の自分の二の舞にならないためです。

だからこそ、ウィンドサーフィンを心の底から楽しんでいる他の人を見ると、「すごいなあ、自分もこうありたいなあ」と素直に思うのです。

そしてだからこそ、僕は今、ウィンドサーフィンの中に自分だけの「唯一性」を探して楽しもうとしています。

正直、他の人からしたら本当にしょうもないことだと自覚しています。たとえば、ボードを運ぶときに必ずボードケースに入れて持ち運ぶとか、今日の体操は誰よりも声を出すとか、昼ごはんに変なものを食べてみるとか。

ほとんどの人が「は?」ってなると思います。「ウィンドサーフィンに何も関係ないじゃないか」「そんなことして何になるんだ」と、そう思われたはずです。

でも、僕にとってのそういった一見訳の分からない行動こそが、やっぱり大事なのです。

それで自分を満たすことができているなら、めちゃくちゃコスパが良いと前向きにとらえています。

僕が「セーリングをやめない理由」という、一見後ろ向きなタイトル設定をした意味がつかめたのではないでしょうか。

これからも自分だけの「唯一性」を探して、邁進していきたいと思っています。


B自転車をする理由

セーリングをやめない理由が「誇り(過去への責任)」なら、自転車をする理由は100%「唯一性(自己肯定)」です。

今は本業(ウィンド)に集中するために絶賛休業中ですが、僕は自他ともに認める「ウィンド界隈ナンバーワンのチャリンコジャンキー」です。

まずは僕のジャンキーっぷりを知らない1回生やOBさんに向けて、少しだけ僕のチャリンコ史を説明させてください。


ロードバイクを購入したのは、大学入学直前の1月でした。きっかけはシンプルでありきたりな理由で、漫画『弱虫ペダル』です。初めて自分のお金で買った大きな買い物で、めちゃくちゃ舞い上がったのを覚えています。しかし、車体にお金を使い果たしたせいで装備品を満足に揃えることができず、極寒の真冬に短パンのビブショーツ1枚で、淀川沿いや長岡京の山の中を走り回っていました。

始めたての頃は何から手をつけていいか分からず、Strava(自転車のSNSアプリ)で見つけた「mmp」という地域の自転車コミュニティに単身で乗り込みました。毎朝5時から集まるその集団は、蓋を開けてみれば実業団レベルの人たちがゴロゴロいる超ガチ勢。こうして、初心者の分際でプロ級の人たちに揉まれる狂気の自転車生活がスタートしました。

毎朝の練習は死ぬほどきつかったですが、それ以上に強烈な満足感がありました。

そして、この環境で出会ってしまったのが「エベレスティング」という狂気の挑戦です。

ルールは至極シンプル。同じ坂を、獲得標高がエベレストの標高と同じ「8,848m」になるまでひたすら往復し続けるというもの。「誰にでもできるけれど、辛すぎて誰もやらない挑戦」に強烈に惹かれた僕は、自転車を始めてたった5ヶ月でチャレンジし、無事に達成しました。

さらにその翌年には、勢い余って「ダブルエベレスティング(標高17,696m)」まで登りきることになります。

幻覚と、吐き気と、強烈なまた擦れ・靴擦れに耐えながら、登り続けました。


ここまで読むと「ただのドM」「狂っている」と思われるかもしれません。(まあそうなんですが💦)

でも、僕がなぜここまで自転車に狂えるのか。その理由こそが、冒頭で話した「唯一性」です。

自転車(特にヒルクライム)という競技は、恐ろしいほど純粋です。 ペダルを回した分だけパワー(数値)として跳ね返ってくるし、サボれば一瞬でタイムが落ちる。ごまかしが一切きかない世界です。

だからこそ、「ここまでの数値を叩き出した」「誰もやらない17,696mを登りきった」という事実は、誰にも否定できない自分だけの圧倒的な価値(唯一性)になります。

「誰の真似でもない、自分だけの領域に到達した」という実感が、僕の自己肯定感を強烈に満たしてくれるのです。

余談ですが、引退したら僕は何らかの挑戦で、たぶんテレビや雑誌など何らかの取材を受けるでしょう。今はただの直観ですが確信に近い直感です。きっとそうです。


C言い訳をしないウィンドサーフィン

「誇り」と「唯一性」という2つの軸があると言いながら、実際はウィンドで楽しさや自分らしさを見出せず、「唯一性」という軸をすべて自転車に預けて逃げていました。「ウィンドで結果が出なくても、僕にはチャリがあるから」と、どこかで自分に言い訳を作っていたのかもしれません。

でも、それじゃダメだと、運営になって関選一戦で負けて、そう思いました。

だからこそ僕は、自転車を休業し、本業であるウィンドサーフィンと正面から向き合っています。自転車に預けていた「唯一性」を、今度はウィンドサーフィンという乗り物で、見つけ出すために。

セーリングをやめない理由が、過去の自分への責任としての「誇り」。

そしてこれから海の上で見つけたいのが、自分だけの「唯一性」。

今、僕は本当の意味でウィンドサーフィンに向き合えています。



2.仲間

ふと思いました。 「僕にとっての仲間とは、何なのだろうか」と。

今まで色んな団体に所属してきました。第1章を読んでいただいた皆さんなら分かると思いますが、僕の行動原理は極めて内発的なものです。誇りも唯一性も、すべては自分自身の内面との対話で完結します。

正直、「自分一人で突き詰められるなら、仲間なんて必要ないのではないか」と思うことすらありました。

しかし、今の僕は全くそう思っていません。

内発的な動機で動く僕が、この部活で仲間に何を思い、何を求めるのか、語っていきたいと思います。


仲間とは

一人で自転車を漕いでいるとき、勝負の相手はどこまでも自分自身です。誰も見ていないし、誰にも邪魔されません。

でも、部活という場には「仲間」がいます。

勝負の相手はどこまでも目の前の相手だし、めちゃくちゃ意識されるし、邪魔されまくります。ヘダー入ってるときの微風上スタボレイラインちょっと足りないくらい10艇身前で直受けされる時は本当にくそったれです。

しかし、そんなライバルがいるからこそ、常に現実を突きつけられ、自分の暴走や慢心を引き止められているのも事実です。

一人で完結している時は、自分への甘え(=かつての「驕り」)が顔を出しそうになる瞬間があります。

特に1回生の時は危なかったです。周りの仲間を見ておらず、完全に自分本位なウィンドサーフィンをしていました。そういう意味では、当時の新人戦で負けておいて本当に良かったな、と今では思います。もしあの時負けていなかったら、「エキスパに上がったんだから仕方ない」と自分を正当化していたと思います。あの敗北があって、本当に良かった。

本気でウィンドに向き合い、前を走り、邪魔をしてくる仲間の存在が、僕の「誇り」を怠惰や正当化から守ってくれています。

本当に、大事にしないといけませんね。


B尊敬する人

この部活には本当尊敬できる人たちがそろっていると思います。少なくとも1年以上の付き合いのある2回生以上のメンバーには全員分伝えたいことがあります。しかし、いくらデータベース上の文章がかさまないとはいえ全員分を書き出すと卒論並の分量になり、僕の指が腱鞘炎を起こしウィンドに支障をきたしてしまうので自重させていただきます。(笑)

僕的に特別尊敬できる人達に絞って思いを綴っていこうと思います。

一人目:『諸橋まお』

彼は本当に凄い。尊敬というか、憧れに近いかもしれません。僕が持っていない強みをたくさん持っている男です。

正直、ウィンドサーフィンに関しては「もっと頑張ってほしい」と思っています。高身長で恵まれたポテンシャルがあるのに、それを活かしきれないまま彼のウィンド史が終わってしまうのではないかと考えると、悔しくてたまりません。

……と、少し話が逸れてしまいましたが、そんなウィンドへの取り組みを考慮した上でも、あまりある「人としての魅力」が彼にはあります。

特に優れていると感じるのは、「人を見る力」です。

普段は人をいじったりいじられたり、一見かなり適当に見える彼の言動ですが、実際は人の本質をものすごく見抜いているのだと思います。でなければここまで愛されるはずがない。

また、この前の裏正規練で彼の熱い思いを聞かせてもらいました。自分なんかよりも全然視野が広く、頭が切れるまおに心底驚かされました。そこまで深く考えて部活に向き合っているとはその日まで知らなかったので、来年の運営が少し安心になりました。優しいやつです。

二人目:『壱岐朋子』

目標に向かって、どこまでも真っ直ぐに努力し続けている姿が本当にかっこいい。

具体的にすごいと思うのは、練習のたびに自分の中で仮説を立て、それが正しいかどうかを毎度人に尋ねて、自分の技術を愚直にアップデートし続けているところです。彼女の大会反省ノートや自主練ノートを読んだり、実際に話を聞くと、その裏にある熱量が伝わってきます。

文字にするとウィンドにおいて当たり前のことのように思えますが、ここまで丁寧に、妥協なくこのサイクルを回し続けられる人はそう居ません。僕自身、心から見習いたいと思わされる部分です。

また、当人はポンコツと自虐しますが、ポンコツは行動ありきのものだと思っています。だからこそ、そんなことも自分の強みなんだと知ってほしいです。(トラックに肩をぶつけたり、本棚に頭ぶつけたりと身体感覚的なポンは置いときましょう。)

そして何より、どれだけ素晴らしい成績を残しても絶対に浮つかず、しっかりと振り返りを行って次につなげる「驕りのない姿勢」。

過去に「驕り」で痛い目を見た自分だからこそ分かりますが、彼女のその姿勢には、僕のような失敗を踏まない強さがあります。1人のセーラーとして、そして人として、尊敬しています。

三人目:『井上楓』

一言で言うなら「圧倒的有能」。まおと同じく、尊敬より憧れに近い感覚を抱いている相手です。

特に運営代になってから強く感じているのですが、自分の強い意見をブレずに保ちながら、そこに人を巻き込んでいく求心力が半端じゃない。

スポンサー、ミーティング、飲み会、場を選ばない強さがあります。

逆にその押し出しの強さが「危なっかしいな」と感じる瞬間もありますが、彼の行動力はそれを上回る。危ない局面になっても一度ドボンと落ちてから、爆速でリカバリーして駆け上がっていくようなイメージを持っています。

この話を先日そらとしたのですが、彼は僕が部内で唯一「嫉妬」している存在です。(というか、僕の人生において誰かに嫉妬したこと自体、片手で数えられるほどしかありません)

正直、嫉妬していること自体を自認したのが最近なので、自分の何がこんなに焼けて(嫉妬して)いるのか、まだ上手く言語化できていません。でも、確実に焼いています。

やっぱり、彼がウィンドサーフィンでも目に見えて結果を出し始めたのが大きいのだと思います。

人としての求心力もあって、ウィンドでも結果を出す。でも、レースの成績だけは絶対に譲るつもりはありません。

マジで最近怖いし、めちゃくちゃ焼ける存在です。

四人目:『鈴村泰平』

説明不要でしょ。…とは思いつつ、一応書いておきます。

速い、的確、ウィンドばか

彼を表現するなら、本当にこれに尽きます。

とにかく速い。この部活には「速いやつが正義で尊敬できる」という、とってもシンプルで明快な側面があるので、それだけで当然リスペクトの対象です。

そして、判断がとにかく的確。なんで打率9割で、一発で模範解答をバチッと当てることができるのか、本当に意味が分かりません。

しかも残りの1割でミスったとしても、人の話に耳を傾け、自分が間違っていると分かれば驚くほど素直に受け入れる。その柔軟な姿勢は一体何なんですか? 完璧人間やめてもらっていいですか?おめえが「スケ平」だ、ばかやろう。

そして最後に、ウィンドサーフィンを心から楽しんでいるその姿勢。

1のAでも書きましたが、ウィンド自体をなかなか純粋に楽しめない僕にとって、そうやって心から楽しめている泰平の姿は、シンプルに素敵だなと思います。

自分に持っていないものを持っている、心からの憧れです。

五人目:『松井晴』

「当たり前の基準」を、自然な形で高めていける人だと思っています。

話を聞けば聞くほどストイックで、目標達成のために妥協することなく力強く進んでいることが分かります。自分にどこまでも厳しく、しかもその厳しくするベクトルを間違えることなく競技に取り組めている。

正直、先輩ということもあって、人柄的な部分はまだ掴み切れていないのが本音です。🐸

ですが、ウィンドサーフィンに向き合う姿勢においては、間違いなく心から尊敬できる存在です。

『1回生のみんなへ』

1回生に関しては、あえて個人名は書きませんでした。これからもっと知っていければと思っているからです(まだまだ未知数ですからね)。

ただ、1回生全員に対して確実に言えるのは、「今年の一回生は概ねみんな素直で、本当にいい子たちばかりだ」ということです。これは間違いありません。

僕の持論ですが、ウィンドサーフィンは絶対に「素直な奴」が伸びます。

みんな今の素直さを大切に、先輩たちからいろんなものを吸収していってください。将来「最強の代」と呼ばれる存在になってくれることを、楽しみに期待しています!


仲間に求めること

ここまで僕自身の「誇り」や「唯一性」、そして愛すべき仲間たちについて長々と書いてきました。

では、内発的な動機で動き、自分自身の軸を詰めてきた僕が、部活という場で「仲間に求めていること」とは何なのか。

結論から言うと、僕が仲間に求めることはたった一つです。

「自分の選択に対して、誇りを持っていてほしい」ということです。

綺麗ごとを言いたいわけではありません。 ただ、自分が「この部活に入る」「漕ぐ」「勝つ」と決めた選択に対して、誰かのせいにしたり、途中で投げ出したりしてほしくない。どんなに結果が出なくて苦しくても、自分の決断と努力に対してだけは嘘をつかないでほしいと思っています。

これはプレイヤーだけに伝えたいことではありません。マネージャーに対しても。(僕は絶対にマネージャー業務なんてやりたくありません。だからこそ尊敬の対象だし、だからこそ僕からその動機に100%共感することは難しいかもしれないです。けれど、この部活に入った時、たしかにそこに自分自身の意思があったはずです。)

なぜこんなに恥ずかしげもなくクサイ事を述べるのか、ここまで書いた通り、過去の僕は他責にして逃げ出し、自分の選択をドブに捨てた最悪の経験があるからです。

仲間が自分の選択に「誇り」を持って泥臭く前を向いている姿を見るからこそ、僕は「自分も負けていられない」「誇りある人間でいよう」と強く思えます。

お互いが自分の選択に覚悟と誇りを持っている。

それぞれの「誇り」を持ち寄って、高め合っていく。そんな集団であり続けてほしいし、僕自身もその中で誰よりも誇らしくセールをぶん回したいと思います。



最後に

いやー、我ながら本当に長かった! 目次まで作って語り倒してしまいましたが、ここまで付き合ってくれたみなさん、本当にお疲れ様でした&ありがとうございました(笑)。

「チャリバカの変な奴」の頭の中が少しでも伝わったなら、時間をかけて書いた甲斐があります。

自分の「誇り」に恥じないよう、そしてウィンドで自分だけの「唯一性」を証明できるよう、残りの部活生活も頑張っていきたいと思います!

次のブログは我らが学連に誇る、藤田・ソクラテス・悠聖!

最近何かと絡むことが多い彼に、僕はすごく興味があります。この前の飲み会の時はあまり話せなかったので、実際何を思い、何を考えているのか。予選に向けての心境や、恋沙汰、その他諸々に関して、彼から聞いてみたいことが山ほどあります。(明日誕生日だし)

熱い思いでも、日常のリアルな本音でも、悠聖“らしい”ブログを楽しみにしてます。

よろしく!

 
 
 

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