HAPPY誕生日
- Doshisha boardsailing
- 1 時間前
- 読了時間: 6分
お疲れ様です。35-88/2 藤田です。
西島の大作を読んで勝手に感動していたら、彼は最後に藤田・ソクラテス・悠聖とかふざけたことを抜かしていました。最高の誕生日プレゼントをありがとう。感動を返してください。
自分にはブログが回ってこないと高を括って一回生にブログハラスメントをしていたら自分に回ってきてしまいました。ブロハラした手前スカスカのブログは書けないので頑張ります。
冷笑
少し前の飲み会で、山田りょうまさんに「お前、心の底から笑ったことないだろ」と言われたり、2回生から冷笑キャラと言われたり、僕には冷笑というイメージが付き纏っているようです。ここでその汚名を払拭します。
まず、誓って僕は冷笑していません。本気で笑っています。
そもそも冷笑とはなんでしょうか。
斜に構えて人を見下し、小馬鹿にすることです。
このように冷笑するやつ=性格が悪いやつ であり、人を冷笑と呼ぶことはそれもまた、小馬鹿にしていると言うことです。
要するに僕を冷笑と呼ぶこと、それ自体が冷笑です。皆さんは知らず知らずのうちに冷笑をしてしまっているのです。冷笑を冷笑する人もまた、冷笑されています。
ここが厄介なのですが、一度冷笑の烙印を押された者はその烙印を外そうとすればするほど、側から見れば冷笑であることを認めたくないよう言い訳しているように見えるということです。でも、本当に冷笑していないんです。
しかしなぜ、僕は冷笑キャラとよばれるのでしょうか。
恐らく原因は笑い方にあります。吐き出すような「ハハハ」と言う笑いが感情へのリアリティを感じられないのでしょう。
僕がこの笑い方になったのは一回生からです。部車で入部初日突然、まさきさんに「お前の笑い方不快」と言われたのがきっかけです(それまでは引き笑いでした)。
そこで試行錯誤を繰り返した結果、今の笑い方になりました。
そうしたら今度は冷笑冷笑と言われるようになりました。あまりにも不条理です。
気持ちのいい笑い方、募集中です。
35-88/2
僕のセールナンバーは35-88ですが、3回生になってから半分ぐらいは35-44で出艇しています。
あの35-44セールは泰平が2回生の団体戦で輝かしい成績を残したセールです。
実を言うとあのセールは僕のもので、元々35-88のセールナンバーが貼っていました。
団体期間中、たいへいの手持ちセールが0枚になったため、僕のセールを貸しました。
そしたらなんと!セールナンバーが剥がされて35-44にされていました。
まあここまではいいです。貸した側としても自分のセールで走ってくれたのは少しばかし気分がいいものです。
ですが問題はここからです。セールが返ってきて35-44で練習していた日のことでした。
マネージャーさんが泰平について「泰平は悠聖がセールの手持ちが0枚なのを不憫に思って団体戦で走った思い出のセールを悠聖にあげたんだって!泰平本当に優しいよね!」という会話をしているのを聞きました。
誤解されるのはしょうがないですが、それによって泰平の株が上がって僕が憐れまれているのが本当に理不尽、あまりに不条理です。
泰平は何をしても株が上がってしまいます。サザンカは泰平が吐いたせいで追い出されたのにあまりイジられていないのもです。(ひかりはあんなにイジられているのに)むしろ、泰平を擁護する声の方が多いです。これがカリスマ、と言うやつでしょうか。
本
最近同立では空前の読書ブームです。
本を読んで周囲から浮くことがなくなったのは嬉しいですが、自分は読書が特段好きなわけではありません。自分の学科のせいで義務読書をさせられているだけです。本を読むくらいなら外に出て散歩したいです。
そして、一口に本を読むといっても、どんな本を読むかによって毛色は大きく異なります。小説を読むか、エッセイを読むか、自己啓発本を読むか、などなど、、自分が読むのは人文科学系の学術書です。そのせいで、本好きの人と話が噛み合いません。有名な作家とか全く分からないので。
ですが、本の匂いはとても好きです。アーモンドとバニラの香りがします。
鼻
同期の中では有名ですが、僕は肉が焼けたかどうか分からないです。生肉は流石に分かりますが、肉の中に赤みが残っているみたいなのがマジで分からないです。
口に入れると血の味がして後悔した経験が何度かあります。鶏肉は怖くて自炊で使えません。
あと耳と滑舌も悪いらしいです。
そういったこともあってか、僕は人よりも鼻がききます。盲目の人は耳がいい的なやつです。悪魔ではないです。
あまり共感を得られていないのですが、季節の匂い、朝の匂い、夜の匂いといったもの、ありませんか。
僕は初夏の朝の匂いが好きです。
ドパガキ
最近の京都カーの流行語です。
かずおさんとさくとさんがこの前ショート動画を2倍速で観ていたのは恐怖を覚えました。これはドパガキなのでしょうか。
ショート動画自体はいいと思いますが、ショート動画は刺激的で、終わりがなく、お手軽すぎます。あまりにも、時間を潰すのに最適化されているように思えます。
そして、何より恐ろしいのが、自分が5分前に見たショート動画を思い出せない、ということです。ショート動画を観ている時間、僕は何を考えているのでしょうか。
欲は何かが足りないから生まれると思います。
ショート動画を見ているのは、何が足りないからなのでしょうか。
そして、ショート動画を見ないようにするには、足りないという思いを消すのか、それとも、足りないものを見つけ、それを別のもので補うのか。どうすればよいのでしょうか。
僕としてはドーパミンを出すのはウインドサーフィンで十分です。プレーニングは本当に気持ちいいです。
らしさ
西島のブログの最後に「悠聖らしいブログを楽しみにしている」と書かれていますが、「らしさ」とは何でしょうか。
自分らしさ、というのは非常に難しいです。そもそも、それが自分らしさであるかどうかは他の人の承認がいるものなのでしょうか。
もし、仮に自分の中では「自分らしく」やったとしても、周りから見てそれが「自分らしく」なければ、その行為は「自分らしい」行為ではない、のでしょうか。
人の期待する自分の「自分らしさ」と自分の「自分らしさ」の差異。
ですが、自分が「自分らしい」と思っていたものも知らず知らずに他の人を見て、学んだものである場合もあります。寧ろ、この方が多いのかもしれません。そうなった場合、「自分」は非常に不確定で朧げなものとなります。
ここから先は哲学の話です。
最後に「悠聖らしい」ことを書けたのではないでしょうか。
次はこのは
ひろやの説によれば、意外性のある人物に回すのがいい、とのことなので このはに回します。
同立で間違いなく一番関わったことないです。 僕のこのはとの関わりはアルハラしかありません。ニコニコしながらえげつない量を注いできます。このはの近くに座らないところから戦いは始まります。
ここから仲良くなれることはあるのでしょうか。
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