チーズのチーはTじゃなくてC
- Doshisha boardsailing
- 3月19日
- 読了時間: 7分
お世話になっております。
46期稲継陸志です。
ゆうご指名ありがとう。ひかりとゆうごとは違って僕は仕事を溜めてしまうタイプのやつです。なんせ卒論を締切10分前に提出した男ですから。こんなアホに鞭を打ってくれてありがとう。
チャーハン
先月に引退してから3月は何かとバタバタしてます。引越し準備に遊び、バイトに遊びという感じです。やらなきゃいけない資格勉強をこれまたサボってしまってます。誰か鞭を打ってください。卒業旅行も同期とは最後まで予定がなかなか合わず、はるとと昂介の3人で淡路島サイクリングというなかなか卒業旅行では行かないチョイスをしました。荷物は極力持たないことをお勧めします。僕はパソコンや着替えを入れたリュックを背負って腰が終わりそうでした。ビュッフェはうまうまでした。男3人でいく水族館はなかなかおもろいです。
最近はしきりに4月から社会人か、と考えてしまいます。この部活のみんなとなかなか会えなくなるというのはすごく寂しいものです。先輩方や後輩のみんなもぜひたくさんご飯誘ってください。あすかのようにスキップしながら行きます。現役のみんなは新歓などなどイベントが続くけど頑張ってね
というわけでどうでもいい話が長くなりましたが、これからしばらくはブログが回ってくることはないと思うので、僕も4年間を簡単に振り返ろうと思います。
2021
ウィンドに出会って沢山新しいことを経験した1年でした。この頃は毎週の練習が楽しみで日々成長していることが実感できて嬉しかった。ただ自主練に行かなかったことは後悔してます。京都住み田辺通いを言い訳に練習しなかったので、ビギナーで入賞したいと言って毎回全然ダメでした。1年の頃の4年の先輩は速い人が多かったのに吸収する機会を少なくしてたのは今思うとすごく勿体無かったです。あと記憶に残っているのは団体セレクションで総合最下位を取ったこと。都合の悪いことはすぐ忘れる便利な頭を持っているのですが、このことだけはなぜか忘れられなかったです。この出来事が僕の団体戦への思いを強くしたキッカケだった気がします。
2022
エキスパになって初めての大会の琵琶湖マリンの1レース目1上で以外と前走れたことでいけるんちゃうと調子に乗りそうでしたが、下りから洗礼を浴び、どの大会も前を走ることが出来ずしんどい1年でした。特に予選は忘れもしません。ボーダー付近と言われていたはるとと僕のうち、通過したのははるとだけでした。マスパンで順位を落としました。あの頃はマスパンがあまり得意ではありませんでした。でも通過出来なかった理由は明らかに練習不足でした。はるとは夏休みほぼ練習していましたから、その差が出たんだと思います。あとは団体セレクションで和歌山メンバーに入ることを目標にしてましたが、あと1人で逃しました。この1年はずっと苦しかった。あ、あとNセレは逆NTでした。
2023
1月に主将になってから例の逆NTもあり、2個下の後輩達を迎え入れる時には完全に自信は喪失していました。この迷ってる時にゆうごに、とにかくがむしゃらにやれ、と言われたことが今でも鮮明に覚えています。主将としての理想像とかけ離れている自分に絶望していただけの僕がその状況を脱する為にひたすら練習に向き合う、自分だけに集中すると切り替えることが出来たのはこの一言があったからです。春頃は自分の中ではだいぶ頑張って自主練にも行ってました。するとマリンから前を走れるようになってマスパンが得意風域になりました。一戦でゆうごとあすかと団体入賞できた時はほんとに嬉しかった。夏には初めて個人入賞も出来ていい感じになってきたな〜と思った矢先、秋から調子を落としました。練習も夏以降継続できてたのですが、思うようにいかなくなりました。正直この頃は練習も楽しくなくてどんどんメンタルが削がれてた気がします。三戦で団体入賞を逃した時は本気で辞めようと思いました。あすかにほんまに無理やわーと大会終わりにぼやいていました。すいません
目標だった団体メンバーになることも出来ず、後半は辛かった。ですが、最後の浜名湖合宿で佐波江組同期、特にはるととバチバチやれたのはすごく楽しかった。ボコボコにされましたが、久々にウィンドの楽しさをもう一回思い出すことが出来たのですごく嬉しかった。はるとくん感謝してるよ
2024
4回生になってからも苦しみ続けた1年でした。就活明けのミッドでは2回生にも負けサマレガの権利もギリギリで焦りしかありませんでした。焦って練習したこともあって、夏はそれなりに結果を残せました。2年連続プリンスでかますことは出来ず、ゆうごあすかとトリプル入賞出来ず落ち込みましたが、予選で入賞出来た時は素直に嬉しかった。個人的には2年前の借りを返すことができた気がしました。
ただこれで調子に乗ってしまったのが良くなかった。練習の頻度を下げて、バイトばっかりしてました。最後の年なのに。結果インカレでは2年連続宴会芸という屈辱を味わいました。延泊の国際通りで酔ったすずきゆうたに調子乗りすぎって言われた時はイラっとしたけど言い返せない情けなさが辛かった。
そこからすぐの団体セレクションでも本当に情けない結果しか残せず、正直団体戦への不安しかなかった。その中で年明けの悲しい事故があって、自分の中で何かが崩れてしまいました。知り合いには笑顔で接するけど、1人になるとどうしても辛くて、でもきっと3回生はもっと辛くて、とどんどん考え込んでしまっていました。このあたりは大学の友達にしょっちゅう飯連れて行ってもらって、支えられてました。持つべきものは友ですね。
そんな中でも活動再開、団体戦出場の為に尽力して下さっているOB会の方々、運営の子達を見て、自分を奮い立たせることができました。ゆうごとあすかと最後に最高の舞台で一緒にウィンドできる幸せを噛み締めようと思いました。
結果は自分のせいで入賞を逃しました。最後まで迷惑をかけてしまい、後悔が残る大会にしてしまいました。ただただ自分が情けなかったです。2人との集大成として入賞という形を残せなかったことは、悔しいですが後輩達にその気持ちを託したいと思いました。
4年間を振り返ると総じて自分は何者かになろうとしてたのかなと思います。自分は昔から大体のことを中途半端で終えてきた人間で、中高での陸上も別に速いわけではなく、市大会で終わるような実力しか無かった。だからこそ何かに長けている人がすごく羨ましかった。自分もなにか持っておる人になりたくて大学でこの新しいスポーツを選びました。結果的には琵琶湖のマスパンだけのヤツといった、特に実績も残せなかったし、先輩方や同期みたいにかっこいい背中を見せることは出来なかった。けどこれが僕なのかもしれません。ダサくてももがいていくことしかできないのかもしれない。けどその姿を見せて誰かの心に響くようであればそれもいいなと思えたのもこのスポーツを通して得られたことです。同期によく言われてました、
勝負しようぜっていつも言ってくる陸志に負けて煽られるのが悔しいから勝って逆に煽るのが楽しかった、
って。自分が思い描いていた理想の姿ではなくても、誰かに自分の行動で影響を与えることが出来ていたのかな、誰かの何者かになれていたのかなと思えました。今までの人生では感じられなかった、自分の存在の証明をこのスポーツ、このチームを通して感じさせてもらえて、本当に幸せでした。正直苦い思い出の方が圧倒的に多いけど、それは自分の心の片隅にしまいながら、これからの人生もこの4年間での幸せな日々を誇れるように頑張っていきたいと思います!
最後に、これからもウィンドを頑張るみんなへ。
しんどいことの方が多いと思うけど、チームで何かを成し遂げること、新しい出会い、一生の思い出を作れることの幸せを感じながら楽しんでね。
ゆうごも日記で書いていましたが、受け身だけの人間にはならないでください。自分たち1人ひとりがチームの一員だからチームにgiveをもたらせられるように自分に正直に動いたらいいです。運営は特にチームのために動くので一方的にgiveしているように感じてしまうけど、そうならないようにするのが他学年の役割だと思います。僕らはひとつのチーム・組織として活動しているから、1人ひとりがそのピースなので、誰一人欠けてはいけないから全員がそれを知っていてください。
これで4年間の振り返りを終えます!
次はブログ大好き大八木つかさ頼むで〜、すかさないでよー
てな感じで、ほんまに楽しく過ごさせてもらいました。
みんな本当にありがとう!またね!!
35-17稲継陸志
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